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渡辺 くにたか(訓任) 二宮町 町会議員

二宮町 日本共産党 生活 福祉 教育

高校生の政治活動について‐自らの経験から思う 

 

今、高校生の政治活動について報道が増えました。 18歳までの投票権の拡大を決めたとはいえ、自民党は基本的には高校生の政治活動を認めたくないような報道を目にします。 高校生の政治的な素養をいかに培うかということは、身近に政治のことが感じられるということが大切だと思います。 私は、自分の経験から、自主性が最も高校生を延ばすものだと思い、自分の経験を披露したいと思います。
 思えば、私の高校時代は“民主主義の学校”みたいな雰囲気がありました。私は入学時には、中学校からの友人の影響もあって、山岳部に入りました。ところが、私を入部させた山岳部の先輩が二足の草鞋を履いていまして、新聞部の部長も兼任しており、新入生歓迎行事が終わるや否や「後継者がいないので新聞部が潰れてしまう。ぜひ新聞部をやってくれないか。僕も両方やっているから大丈夫。」と私に声がかかりました。困ったなーと、頼まれればイヤとは言えず受けることに… ところが、ゼロからのスタートが二束の草鞋でできるわけがない。結局、山岳部を退部し、新聞部部員を自ら募り始めることになりました。中学校からの仲間で何とかスタートし、第一号を出した直後には、今度は生徒自治会の役員がいないということで、中学校の先輩から猛烈な勧誘。新聞部と生徒自治会役員なら両立もできるかということで引き受けることになりました。
 その時は総務委員長かなんかを引き受けたと思いますが、今度は新聞部会で「新聞部は言論の府である。生徒自治会は内閣のようなものである。内閣の構成員が言論の府にいてもらっては困る。うちの新聞は御用新聞では無い。」と自分が集めて来たメンバーから退部を促された次第。悔しいけども筋が通っているということで、泣く泣く退部する羽目に。生徒自治会室と新聞部室は隣り合わせでしたけど、安倍内閣とNHKよりは厳しい関係だったように思います。バトミントンぐらいは一緒にやってましたが…
 教室でも、旺文社の模擬試験のことや年頃の話題はもちろんありましたが、朝日新聞販売店の息子が「こんどの衆議院選挙で自民が負ける」とかそんな話をしていれば、防衛大学校志望の奴もいてミニタリー・バランスという本を持ってきて「抑止力が平和を守るんだ」と皆に講釈をしている、そんな様子でした。
学校も高校教育の目的は受験だけでは無かろうと、3年生になると大学受験のための必須の授業(数学Ⅲ、化学Ⅱ、日本史の足りない分(規定時間数では日本史は終わらなかった)など)、大学受験の補強の授業(数学ⅡBの補強、英語の補強など)、各教科を深める授業(地学実習‐フィールドワークや実習中心など)に分けて授業を提供していました。 私が受けていたで思い出深いのは、現代国語と政治経済の選択授業でした。現代国語の選択授業のテーマは、近代文学に親しむということ。先生からの指示は、一週ごとに、自分の選んだ作者の作品を読みこなして、最後に論文を書くことと、授業実行委員会で選んだ作者について読書会を開催する事。実行委員会は2週間に一度昼休みに集まって、自分の進める作者と作品を出し合って授業で取り上げる短編を選びました。また、政治経済のテーマは“憲法を学ぶ”と決まっていましたが、テキストや進め方も生徒で話し合って決めました。結局、岩波新書の「憲法読本」をテキストにして、回り持ちでレポートをする。それでみんなで話し合うような授業でした。不真面目な奴もいれば、発表が下手な奴もいる、そこは大人と同じ。意見をいうこともあれば、相手を許すこともある。中身以上に、どうやって会をすすめるか、話し合いをするかなど、今わざわざディベートを授業に取り入れるとか言っていますが、そんなことをやっていたと思います。とにかく、生徒でできることは生徒でやれというのが、授業でも、部活でも徹底していました。
 一方、うちの高校は、受験一辺倒でなかった分だけ国公立・有名私学への合格者が周りより少なかったようで、兵庫方式(高校入試にあたって、小学区制、内申書重視、テストは思考力中心とした制度)の良し悪しを巡って生徒同士でも論議がありました。その論議の中で、高校三原則(普通科・小学区制・男女共学)の存在を知り、なぜこれが実現できないかということにあたります。また、「期待される人間像」という中教審の答申にも行き当たり、国家が子ども・生徒を型にはめようとしていることに恐ろしさを覚えることになるわけです。私は、「期待される」人間にはなりたくないと… すぐにでも、選挙に行きたかったですね。
 私たちが卒業して間もなく、受験体制をもっと強化してくれという保護者からの要望に抗することができず、教科を深めるとか生徒で運営する授業はもう無くなったそうです。淋しい思いはあります。強く感じるのは、なぜ、高校生の政治活動まで目くじらを立てる必要があるのか。暴力や人権侵害は認められないけども、他は自主性を重んじれば良い。高校生始め青年にきちんとした見識を持たせたければ、まず大人が襟を正すことだと思います。政党助成金が政治を腐らせている、政権がマスコミに圧力をかけることも論外、安倍内閣閣僚の態度などなど。
 「洪水よ、我が亡きあとに来たれ」では無く、未来は子ども・若者に残されなくてはいけない。 その未来を担うのは若者たち。かれらの自主性と成長に期待したいし、その成長を保障していきたい。

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