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渡辺 くにたか(訓任) 二宮町 町会議員

二宮町 日本共産党 生活 福祉 教育

二宮町 ガラスのうさぎ像平和と友情のつどい に出て 

 

ガラスのうさぎ像
 昨日(8月5日)、ガラスのうさぎ像平和と友情の集いに参加しました。 7月31日の朝、91000羽の千羽鶴がガラスのうさぎ像に飾られました。(展示は8月17日までの予定) ガラスのうさぎ像を千羽鶴で飾りましょう実行委員会に加えて、昨日の式典では、二宮高校生や二宮の中学生も糸通しに手伝ってくださったことも披露されました。

展示ギャラリー
 ラディアンのギャラリーには、遺族会、平和を伝える会、戦時下の二宮を伝える会 などがそれぞれの活動や状況のパネルを展示していました。(昨日で終了)

第25回ガラスのうさぎ像平和と友情のつどi
 ガラスのうさぎ像の集いでは、村田町長・添田議長の挨拶などに続いて、二宮西中学生徒のブラスバンド演奏、二宮小学校児童による合唱が披露され、会場全体で「ガラスのうさぎ」を合唱しました。

 映画「ガラスのうさぎ」の実写版は35年ぶりでした。 昔の印象と違うところがたくさんあって、不思議な感じがしましたが、二宮駅が機銃掃射を受けた後一瞬静まり返る場面、敏子さんが父と焼け跡でガラスのうさぎを探し当てる場面は、記憶・印象どおりでした。 考えてみれば、出演者もすごい! 長門裕之が父、母は長山藍子、兄は 大和田獏と佐久田修、 三崎千恵子、花澤徳衛 前田武彦、正司歌江 ハナ肇 それに、南田洋子まで。 皆、映画の趣旨に感じることがあって出演をしたのだろうなーと勝手な想像です。

 実行委員会伊藤会長の挨拶では、ご自身が77歳になり、戦争の実相を語れる世代がいよいよ少なくなるとの訴えがありました。ほんとうにその恐ろしさを感じます。戦争の体験を訴えることを聞くだけでなく、最近、私は積極的に訊く・何かに残す活動をすべきだと強く感じるようになりました。 
 ある方からこんな電話をもらいました。「自分は3回出征の見送りをした。そのたびに万歳をしたが、戦死した兄には遺骨も無く、戦死通知の電報が一本来ただけ。兄嫁が仏壇に黙って供えたのを見ていた。その兄嫁が秦野の実家に戻ったのが8月5日。まさに、米軍艦載機の空襲があった日で、荷物を積んだリアカーを今の東名高速のインターチェンジの近くの竹藪に隠して、暗くなるまでじっとしていたとのこと。戦争は戦地だけでは無く、残されたものの暮らしも壊してしまう。」「戦争に反対している学生が、身勝手と言って批判している36歳の議員のことを聞いたが、まるで戦争中の言論弾圧のような発想だ。」
 しんぶん赤旗日曜版に、地域新聞としてつけている「日曜版まめだより」は先週2400号を迎えましたが、これにも戦争の記録をとりあげて行きたいと思います。それとは別に、自分の聞いた戦争の話を書き留めておく、形にしておくことが大切ではないかと思う次第で、そういった見聞きした体験をまとめる機会を作っていくことを運動はできないだろうか。

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